■貴州省から広西チワン族自治区へ その3





●6日目 凱里から黎平へ





この日も天気が良く 雷山を過ぎた道路沿いの場所で苗族の嫁入りが見られました。あの銀の民族衣装を着た女性が何人かと、嫁入りの荷物を担いだ男性が数人、そして知人、親戚が20人ほど山道を上がって嫁いでいきました。


苗族 嫁入り




そして3月に寄った郎徳、雷公山を抜けて午後2時は榕江の町に到着、榕江(川)の近くの飯店で昼食。3月の時の天気の悪さ、道路の悪さ、食事のまずさ、どれも嘘のようです。予定道り進んで行きます。


榕江




午後からは黎平に向けて進みます。九潮を抜け、茅貢の花橋、高進の花橋、鼓楼、舞台を見学しました。ここは出発する前日NHKで放送した場所です。テレビの中で鼓楼を立て替えたトンチン村は万さんに聞いてもわかりませんでした。
又 番組を作ったNHK福岡の取材班?についても情報は無く、こういった報道関係のクルーはやはり外事弁公室や旅游局の関係で取材しているものと思います
その後 バ寨郷青寨の鼓楼によりましたが、改修工事をしていました。この茅貢から青寨までは鼓楼が部落毎に林立しており全部 見ていたら黎平には到着しません。



バ寨郷青寨 鼓楼





バ寨郷青寨 花橋




午後6時には黎平の鼓楼坡賓館に到着、黎平の町も幾分明るくなった気がします。(今度は歩いていても公安には捕まりませんでした)鼓楼坡賓館の設備は相変わらず今回の旅行では最低でした。




●7日目 黎平から三江へ





前回、3月の同じコースではこの日の黎平から三江までの道路が悪くこの日の分の観光は全てなくなりました。しかし今回は毎日、晴天で道路も全く問題なく期待出来ます。
黎平から前回Uターンした場所まで約1時間かかり そこから中潮を通って肇興へ。約3時間のコースでした。途中の山並みが桂林の景色とかなり似ているカルスト地形となり、みだ未開発の鍾乳洞があるそうです。この辺りからベトナムのハロン湾まで続くカルスト地形のようです。
肇興は中国最大のトン族の村で町中には5ケ所の鼓楼がありましたので高台に上がって撮影しました。5つ全ての鼓楼を見学し、昼食もここで食べあちこちウロウロしていました。こちらの人は私たちに笑顔で迎えてくれました。一人の年配の女性が道端で腰を落として、とても短いメロディを口ずさんでいました。一体あのおばあさんはどういう意味でそうしているか とうとう判りませんでした。



肇興 入口





肇興 鼓楼





肇興 鼓楼





肇興 鼓楼





単調なメロディー





肇興 通り





一番小さい鼓楼





肇興 昼食 ドクダミ入り




肇興を後にして40Kmほど南下し地坪です。ここには大型の風雨橋があり、三江の提陽風雨橋より少し小さいようです。写真撮影をして20分後にそこから川沿いに東へ70Kmほど行くと三江の町です。予定では三江の招待所のはずでしたが前回と同じく提陽橋賓館泊となりました。夕食後 前回深夜の食事をする為に寄った食堂へ行きましたが、その時の小姐は残念ながら会えませんでした。



トン族民居 (地坪)





地坪風雨橋






●8日目 三江から柳州へ





朝靄の中を提陽風雨橋へ。約20分間で到着、今回は現地ガイドがいるのにも関わらず説明もなく1時間の自由行動のみでした。(現地ガイドは前回と同じ方でした。)
風雨橋を渡って風雨橋の奥にある集落へ行きビデオを撮影して戻って丁度1時間でした。


提陽風雨橋より招待所





程陽風雨橋の裏の村(平岩村)の製材作業





提陽風雨橋を後ろから




三江の町に戻りますと柳州のガイドの劉さん(前回と同じ人)が既にやってきていました。ここで劉さんと共に久しぶりの舗装された道路を丹州のフェリー乗り場まで南下しました。ここで貴陽から乗ってきたマイクロバスとガイドの曽さんともお別れでフェリーの対岸には柳州の大型バスが待っていました。



丹州フェリー




丹州のフエリー乗り場から30分ほどで融安の町へ。ここでやっと昼食です。今回も橋のたもとにある餐庁です。入口には再使用する橋が洗って干してありました。ここの食器は相当汚れていてティショで皆さん、一生懸命拭いていました。

融安から南30Km辺りは、桂林の風景そっくり風景が道路沿い続ます。柳州から来たバスはこの辺りで、渋滞の為 運転手の現金と免許証を盗まれてしまい、その時に現れた「泥棒に話をつける」という青年が現れ柳州へ帰る時にその青年を探して道路を行ったり来たりしてやっとその青年を探し出して返してもらいました。総計650元かかったそうです。


カルスト地形





泥棒村の「青年」




その時私たちはバスの中で待っていましたが村の名前が知りたくて劉さんに頼んで近くにいた子供達に聞いてもらったのですが青年が口止めをしていて教えてくれません。窓からGPSを出して位置測定したところ、融安県の新和という所である事がわかりました。

日本でしたら「話をつける」という事だけでも犯罪でしょうが中国ではこの程度は公安も動かないそうで、自分で自分を守るしかないのでしょう。

午後6時に柳州飯店着、夕食もここで。ここの1階でパソコンの展示会があり覗きましたら日本の秋葉原価格とほとんど同じでした。夜は柳州の町に出て、カメラの専門店でシーガルという自動露出、AF無しの1眼レフカメラを購入しました。店頭で何度も動作を確認してきたのですがホテルの部屋まで持ってきましたらもう動きません。1500元





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