■麗江 瀘沽湖 新平(戛洒) 一回目






7日目 里格島−永寧




この日もこの摩梭山庄で宿泊の予定ですが、雨が降り出してきて急遽 寧ランで宿泊する事に変更となりました。瀘沽湖−寧ラン間の道路がかなり悪いので仕方がないと思われます。今回の旅行前に年輩の知人がやはり瀘沽湖に2泊3日の予定でやってきているのですがやはり天候が悪く道路が心配で1泊だけしてどこも見ずに麗江戻ってしまっていました。2日間車に乗っていただけです。私たちの場合は午前中は里格島へ行き、昼食後に寧ランに向かう事になりました。
里格島は摩梭人の中でも母系社会を色濃く残す場所という事で楽しみにしていました。この日もKさんは腰の悪化を恐れてホテル滞在です。車は松茸を買った交差点を右に曲がり里格島に向かいます。本来 里格島は島ではなく半島らしいのですが増水の為に島となってしまっていて小舟で渡るようです。丁度道路に里格島に住んでいる女性が何人かいましたので渡してくれるように交渉して20分ほど小舟に乗って里格島へたどりつきました。




里格島




里格島へ






里格島へ


島には14軒の家があるそうですがほとんどの家が水位の上昇で家の下部と水面がほとんど同一です。ここで一軒の民家の中を通って里格島の頂上で全員で記念撮影です。




里格島 摩梭人民居訪問
増水の為 家の入口が船着き場




瀘沽湖の周囲には摩梭人の民家はあるのですがそれほどの数はなくポツンポツンという程度で湖畔より離れた場所に住んでいる摩梭人の方が多いと思います。里格島は人の住んでいる島だけあって島の至る所に食べられる果実が実る木が植えられていてタンリーという木の実がなっていました。




里格島の頂上から獅子山


上陸した家に降りてここの摩梭人の家にお邪魔しましたら、ここの娘さんが昆明の民族村にいるとの事でした。彼女の名前を控えて里格島を後にしました。摩梭山庄で昼食、その後、3時間ほどで寧ランの瀘沽飯荘に到着。




摩梭人民居











漁労






増水の為 冠水




洗濯






下船


ここで残念ながら摩梭人のYさんともお別れです。いろいろな意味で彼女がいなかったら摩梭人の接点もなく各少数民族のお宅にもお邪魔できなかったでしょう。そして摩梭の唄も聞かせていただきました。別れる事が残念でならないので、ホテルの部屋で摩梭の民歌を唄っていただく事にしました。夕食後 部屋の掃除をして数曲 唄っていただき、お別れしました。




摩梭山庄レストラン 昼食






ニンラン 瀘沽飯庄のレストラン




8日目 麗江へ




寧ランから麗江まで。Yさんと別れ(足包)馬坪で休憩です。ここもイ族の集落で途中では大きなほうです。ここでKさんはまたイ族の衣服を購入していました。そんなわけでかなり時間がありましたのでブラブラしていましたら大きなキャンディーを車から降ろしている所に出くわしたので11元という事で1袋購入。どうも小売店に卸している業者のようでした。このキャンディーを子供達に分け、更に大人の女性に分け、結局全て分けてしまいました。その時にはかなり目立っていたらしく沢山の人だかりとなってしまいました。次の休憩は寧ラン・イ族自治県と永勝県の境の峠でここは県境の大きなゲートがあります。




狗頭石の道路
(こんなに程度の良い場所は少ない






(足包)馬坪




(足包)馬坪






永勝県とニンラン県の境界


昼食は再度、永勝県城のホテルで、その後、金官で再度 稲刈りに参加してしまいました。稲を刈るのが女性、脱穀をするのが男性でどうみても男性の方が楽です。金沙江を渡り麗江に到着。




永勝県県城






金官付近


夕食は納西古楽会の前の川の対岸の店で残念ながら不評でした。私は食べ終わるとすぐ 東巴宮へ。ここは3月に私の家族がきてビデオで撮影した場所です。一番前に座り三脚を立てて撮影しました。
2時間弱、こちらの方が納西古楽会よりもより動きがあってビデオには向いているようです。




東巴宮入口






東巴宮




東巴宮






東巴宮




東巴宮






東巴宮 口琴




東巴宮








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