■雲南  麗江 大理 瑞麗 その1




●1日目 関空、昆明へ





今回は成田ではなくて羽田出発なので予め大きな荷物はクロネコで羽田空港に送り、しかも朝の3時半に家を出て羽田に向かいます。それでも羽田に到着したのが朝の6時でした。しかし羽田空港はスキー客と思われる乗客で、既に混雑しており朝の6時とは思えない様相でした。ここで初めてM氏とお会いしました。

広州までは関空乗り継ぎでJAS便です。JALやANAに較べるとサービスも良く時間通り広州着となりましたので、両替後、予定外ですが広州の中山記念堂と鎮海楼を観光しました。しかし広州に寄る度にここを訪れるものですから食傷気味です。こうして数時間の時間調整後雲南航空で一路 昆明へ向かいます。
この雲南航空は機内でいろいろな小物が配られ、私のお気に入りの航空会社です。
広州で通しのガイド、西安北方国際旅行社の李丹氏がつきました。しかしなんだか恐そうな顔をしていたり、言葉使いが変で今回の旅行中、李氏の態度の真意は判りませんでした。




中山記念堂




昆明には夜8時頃着で宿泊の金龍飯店へ向かう途中で夕食を済ませました。ホテルの従業員には今回の旅行中にはとうとう一度もチップを渡しませんでした。
旅行会社の方から渡す必要が無いとのお達しがありましたし、又スーツケースの運搬をして貰ったのはこの金龍飯店だけでした。




金龍飯店からの夜景




GPSを持ってM氏、Y氏の三人で昆明の街をうろうろします。Y氏は按摩屋さんの女の子と何やら話しをしているのですが 私はGPSと格闘していました。 このGPSはカーナビと呼ばれている車に取り付けてあるものと同じなのですが外国で使えるように小型で地図が表示されません。 大きさは懐中電灯と同じくらいの大きさでそれほどかさばりません。 ただポケット型のせいか感度が低く、ちょっとした木の下でも人工衛星の電波が受信出来ないという事がありました。 又 前回の位置測定をしてから800Km以上離れると測定に20分、普通の位置測定でも数分は掛かりますので空港に到着して測定しようとしてもその内に空港ビルに入ったり、マイクロバスに乗って出発になってしまい、なかなか測定完了まで受信出来ず、今回も測定しようとした1/3の地点では時間が足らず、測定出来ませんでした。(観光地点でも右手でビデオカメラ、左手でGPSを持って測定となかなか大変でした)
昆明の夜の町中で20分もGPSを持って位置測定をしていると いろいろな人と出くわします。(略)1時就寝。





●2日目 麗江へ





昆明から朝7時の飛行機で出発する為に6時には金龍を出発です。 昼食はホテルの弁当ですが 時間になっても出てこないので日本の添乗員がホテルの厨房でワゴンに乗った弁当を探してきました。 なかなか元気のある女性の添乗員で今回はこの方のおかげでなかなか良い旅行となりました。
雲南航空で麗江へ40分。まだ朝靄が掛かった雲南の山地を眺めながら麗江の南にある飛行場に到着しました。 麗江や、帰りの芒市の飛行場は機体の乗降は全て人力でした。 ここで2日間お世話になる、麗江白鹿旅行社の和さんという可愛い女性のガイドさんと合流です。納西族の女性で民族衣装を来ています。その姿を見てやっと「やってきた」と実感です。麗江の空港は麗江市街から南に相当離れているようでバスで約50分、地図にも場所が出ていず、GPSも失敗で未だに場所がわかりません。
3日間お世話になったバスは大形の50人乗りで後部にスーツケースを積んで麗江の市街に向かいました。道路は整備途中で道幅は広いのですがほとんど舗装されていず、砂利道でした。




麗江空港




バスはどういうわけか紅太陽飯店というホテルに朝食の為 到着です。しかし停電です。今回は懐中電灯2本、ビデオカメラ用電灯1ケの持参です。どういうわけか日本からの添乗員の方が懐中電灯を忘れたとかで貸し出しました。 (何故 私が持っているのを知っているのでしょう?)
2回目の朝食後、宿泊する麗江賓館に向かいチェックイン、その後、市街北方の玉泉公園(黒龍潭−こくりゅうたん)へ向かいます。この公園は黒龍潭という池を中心にいろいろな施設があります。この池から北方には標高5700メートルの玉龍雪山が見えその眺望は素晴らしいものがありました。その玉龍雪山の姿はビデオカメラに納めてきましたが、帰国後、旅行中のビデオの編集をしていましたら、NHK−BSで全く同じ撮影場所からの映像が流れていました。(興奮の映像でVX1000とは次元の違う画質でした。)




玉泉公園入口(黒龍潭)





黒龍潭





黒龍潭放水口とガイドの和さん




池の周囲には東巴文化研究所と納西東巴文化博物館がありましたが、残念ながら東巴文化研究所は日曜日でお休みでした。東巴はその東巴教典に使われている文字として有名で、その辞典も売られており買い求めている方もいました。128元
この玉泉公園でビデオの撮影をしていると どうしても色がおかしいのです、 どうも緑が出ないのです。原因は2000メートルを越える標高と天気の良さ、空気の澄み具合で紫外線が大量にあるようで その為 緑が出ないようです。しかし肉眼では 空の青さ、緑の木々の瑞々しさは一生忘れられない輝きがありました。 旅行中 特に12月だというのに緑の美しさは言葉では言い表せません。
(家庭用ビデオカメラではその緑は出ません)




黒龍潭と玉龍雪山





東巴文化研究所





東巴文字





黒龍潭内の納西族の婦人




麗江市街の西側の町外れの食堂で昼食。ここも玉龍雪山の眺めが素晴らしい。
ここの食堂でズッキーニの炒めたものが出ましたが ハオチーでした。
午後からは麗江中心部の四方街の近くの自由市場を見学、しかしながら金魚のウンコの見学で歩いただけでした。野菜類が豊富でズッキーニも売られていました。 また茸の類もあり、秋には松茸がきっと売られているのでしょう。
その後四方街の見学ですがただ道路を歩いただけです。ここで毎晩 納西族の古典音楽が演奏される「麗江中国大研納西古楽会」の場所を確認しました。
この音楽会は納西族に伝わる「どう教」(ニンベンに同)の音楽です。聞いていると漢族の道教の音楽とかなり近いものを感じました。多分納西族は北方から雲南に移住してしてきたのではないかと推測されるような音の響です。
明るい内に麗江賓館に戻りましたので又 例の3人でタクシーを捕まえて麗江客運服務中心站へ向かいました。目的は私が雲南省の地図が欲しいという事で NIFTY SERVEで紹介されていたもがバスの駅にあるという事でしたので探しに行ったのですが残念ながら見つかりませんでした。タクシー基本料金5元




四方街のサトウキビの砂糖





四方街の古い街並み




夕食は麗江賓館にて、その後希望者のみ四方街の納西族の古楽会に出かけました。 しかし街が暗くてホテルから歩いて連れていってくれた日本の添乗員が道に迷いました。(方向音痴なのでした)やっと会場に着いたのですがここも暗く、仕方がありませんので持参したビデオライトを点灯しました。照明は何故か ろうそくのみです。 古楽会は1時間半ほどですがその半分は「お話」です。 あまりにも暗いのでビデオの方は苦しい画質でしたがその内に電気の照明がつき、今まで停電だったのでした。(夜8時頃に停電とはやはりここは中国でした 因為這里是中国−修行が足りません)
古楽会の終了後、ホテルに帰る途中の広場で、イ族の人々と思われる人が200人ほど集まって輪になってイ族の踊りを踊っていました。巨大な輪でずっと見ていたかったのですが明日もあるので断念。曲は以前 NHKで放送された 牛山純一氏の雲南のドキュメンタリーに出てくる松明祭の曲でした。
いつかはこの松明祭にお邪魔したいと思います。

後でこの古楽会の演奏者はギャラ無しだか演奏旅行で海外に行けるのだと聞き、中国では大変な好待遇だと感じました。ここの中国琴の演奏者の女性は麗江賓館の私たちが泊まった2階の服務員で、麗江賓館の仕事が終わると古楽会にやってくるのだそうです。 Y氏が前回ここに泊まった時にこの女性と知り合い 今回又再開したようです。



納西古楽会





イ族の踊り







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